TOPICS
DATABASE
2018.01.01
1.田口雅弘[2003]「ポーランド県名のカナ表記問題に関するメモ」
ポーランド県名のカナ表記問題に関するメモ
岡山大学経済学部 田口雅弘
ポーランド県名のカナ表記は、統一がとれておらず、表記に混乱が見られる。理由は、いくつか考えられる:
(1)県の名称部分(形容詞形)をそのまま表記するばあいと地域名(都市名)に直す場合が混在する。例: województwo lubelskie → ルベルスキエ県、ルブリン県
(2)カナ表記の基準がない。例: województwo łódzkie → ウッジ県、ウッチ県、ウツキエ県
(3)慣用表現が使われる。例: województwo śląskie → シロンスク県、シレジア県、シロンスキエ県
(4)現在の都市名、地域名から連想できない県名がある。例: województwo lubuskie → ルブスキエ県、ルブシュ県 *Lubusz, ziemia lubuskaから来ている。
(5)上(górno-)、下(dolno-)、山麓(pod-)、西(zachodnio-)などの接頭語がついている県名があるが、その接頭語を翻訳する場合と固有名詞として扱う場合が混在する。
例:województwo zachodniopomorskie → ザホドニョポモルスキエ県、西ポモージェ県
このページは、県名のカナ表記の統一を目的としたものではない。しかし、「ザホドニョポモルスキエ県」と「西ポモージェ県」、または「ルベルスキエ県」と「ルブリン県」を別な県と勘違いしていて議論するなどの混乱はできるだけ避けた方が望ましい。また、ポーランドのEU加盟を控え、同国に関する報道も増加すると考えられるが、ポーランド関係者が使うカナ表記は報道機関にも大きな影響を与えるだろう。「ワレサ」問題のように、初めにまちがって使われた表現が定訳となって一人歩きすることを、私たちは何度も経験してきた。そこで、各人がカナ表記の現状と問題点の把握し、少しでも表記の混乱が防げればと願うものである。表記法についての皆さんの忌憚のないご意見をお待ちしています。
なお、ポーランド語のカナ表記については、以前に小森田秋夫先生がWEB上で議論をまとめて下さったので(「マルゴルザタ」問題)、参照されたい。
KOMORIDA Akio’s Web Site ロシア・東欧法研究のページ
http://ruseel.world.coocan.jp/
「マルゴルザタ」問題、またはポーランド語の固有名詞の表記について
http://ruseel.world.coocan.jp/propern.htm
*下記の第一次原案で明らかに私の勘違いであった部分は赤で訂正しておきましたが、コメントとの関係で、当初の間違った表現も( )で残しておきました。
ポーランドの行政区分
1998年7月25日、ポーランド下院は全国を16の県(Wojewodztwo)に区分する法律を可決した。全国の郡(Powiat)は合計373、グミナ-地方自治体基礎組織(gmina)は合計2489(1999.01.01現在)。同法は1999年1月1日から施行)
以下の県名カナ表記は、あくまでも参考である。
ポーランド語県名(県議会所在地/県庁所在地) カナ表記例
1 województwo dolnosląskie (Wrocław) ドールニィシロンスク県
2 województwo kujawsko-pomorskie (Toruń / Bydgoszcz) クヤヴィ・ポモージェ県
3 województwo lubelskie (Lublin) ルブリン県
4 województwo lubuskie (Zielona Góra / Gorzów Wielkopolski) ルブシュ県
5 województwo łódzkie (Łódź) ウッジ県
6 województwo małopolskie (Kraków) マーウォポルスカ県
7 województwo mazowieckie (Warszawa) マゾフシェ県
8 województwo opolskie (Opole) オポーレ県
9 województwo podkarpackie (Rzeszów) ポドカルパチェ県
10 województwo podlaskie (Białystok) (ポドレシェ県) 訂正:ポドラシェ県
11 województwo pomorskie (Gdańsk) ポモージェ県
12 województwo śląskie (Katowice) シロンスク県
13 województwo świętokrzyskie (Kielce) シフェンティクシシ県
14 województwo warmińsko-mazurskie (Olsztyn) (ヴァルミア・マゾフシェ県) 訂正:ヴァルミア・マズーリ県
15 województwo wielkopolskie (Poznań) ヴィエルコポルスカ県
16 województwo zachodniopomorskie (Szczecin) 西ポモージェ県
県名の英語表記
日本語表記を考える上で参考になるのは、英語でどのように表記されているかである。
1.ポーランド政府の公式ページ(英語)では、形容詞形の県名をポーランド語アルファベットをそのまま使って表示している。例えば、Świętokrzyskie Voivodeshipなど。
http://www.kprm.gov.pl/english/130.htm
2.在米ポーランド大使館のホームページでは、統一がとれていない。慣例的表現を重視した結果と思われる。また、VoivodeshipではなくProvinceを使っている。
Kujawy-Pomorze Province; Lodz Province; Lower Silesia Province; Lubelskie Province; Lubuskie Province; Malopolska Province; Mazovia Province; Opolskie Province; Podkarpacie Province; Podlasie Province; Pomerania Province; Silesia Province; Swieto-krzyskie Province; Warmia-Mazury Province; Western Pomerania Province, Wielkopolska Province
http://www.polandembassy.org/Links/info/page6.htm
3.県の公式ホームページで、英語サイトがあるところはほとんどなく、県庁が公式に使っている英語の県名は確認できない。英語のホームページを出している県は、基本的に政府の英語表記と同じ。
★ http://www.uw.rzeszow.pl/ang/index.html
4.英語の一般のホームページの場合、Dolnosląskie Provinceと、形容詞形をそのまま使っている場合が多いが、Pomeranian ProvinceやWarmia-Mazur Provinceとする例もある。
県名の日本語表記の問題(論点メモ)
1.「ń」の表記は「ニ」か「ン」か?
ほとんどのポーランド関係者は「ポズナン」、「グダンスク」を使い、『白水社ポーランド語辞典』のカナ表記にもこれが使われているが、マスコミ等では依然「ポズナニ」、「グダニスク」が使われている。
2.Łódźのカナ表記は?
「ウッジ」、「ウッヂ」、「ウーチ」、「ウッチ」、「ウゥチ」、「ロッジ」など、様々な表記が見られる。「ロッジ」は論外としても、その他のいずれも間違いと決めつけることはできない。
3.形容詞形を使うか名詞形を使うか?
Uniwersytet Warszawskiを「ヴァルシャフスキ大学」、「ウォルソー大学」と訳す人はいないだろう。しかしUniwersytet Jagiellońskiになると「ヤギェウウォ大学」、「ヤギェロン大学」、「ヤギェロンスキ大学」、「ヤゲロニアン大学」など、様々な表記が見られる。県名でも同様のことがいえる。有名な都市名が県名に入っている県は固有名詞(都市名)が使われることが多い。例えば、「ウッジ県」、「ルブリン県」、「オポーレ県」がそうである。しかし、そうでない県は形容詞形が使われることが多い。例えば、「ヴァルミンスコ・マズールスキエ県」などがそうである。
県名を形容詞形に統一した方が表記は容易であるが、その場合、ポーランドに多少知識がある人でも、どこだかわからないという場合が出てくるだろう。例えば、「ウツキエ県」(=「ウッジ県」)、「ルベルスキエ県」(=「ルブリン県」)などがそうである。
4.慣用表現はどこまで許されるか?
今でも日本の文献では、「シレジア」(シロンスク)、「ポメラニア」(ポモージェ)という表記が散見される。英語の文献、WEBサイトでも同様である。
5.接頭語のついた複合語をどう訳すべきか?
上(górno-)、下(dolno-)、山麓(pod-)、西(zachodnio-)などの接頭語がついている県名があるが、その接頭語を「西ポモージェ県」のように翻訳する例と、「ザホドニョポモルスキエ県」のように固有名詞として扱う場合がある。
また、województwo dolnosląskieはDolny Śląskから来ているので、「ドールニィシロンスク県」、「下シロンスク県」と訳せるだろうが、województwo małopolskieはMała PolskaではなくMałopolskaからきているので、「マーウォポルスカ県」であり、「小ポーランド県」とは訳せないだろう。województwo zachodniopomorskieは、Pomorze Zachodnieからきているので「西ポモージェ県」と訳してもよかろう。
コ メ ン ト
(到着順)
■ 梅田芳穂氏(ポーランド議会・政策アドバイザー)
小生が報告書などを作成する際、下記のカナ表記を使っております。
根拠は次の通りです:
- ポーランド語との響きの上での互換性を求め、誤解などの原因になることをを最大限に避けるべきなら、それにもっとも近い表記にすべきであると考えた事。
- 2つ以上の歴史的地域名が県の名称に存在している場合<・>で区切るべきであると考えた事。
- その他はたとえ2つ以上の要素があったとしても<・>は使わないほうが良いと考えた事。
しかしながら、問題が混乱を起こす要因は本来固有名詞である県名に形容詞が使われているところにあるのではないかと思います。つきましては:
●県名は固有名詞であるとの原則をつらぬき、できるだけ忠実な読み方でカナにする。<ポドカルパツキェ県、ウツキェ県>
●歴史的な地名の主格を用いる<ポドカルパティ県、ウッジ県>
の選択しかないと考えます。
商談、協議、報告書など、ポーランド語での響きが正しくポーランド側に伝わないと、混乱を起こす可能性がある場合は前者が妥当かと考えます。
後者は日本人にとって、すっきりした響きになり、発音もしやすいところから棄てがたいですが、コミュニケーションの手段としての言語の機能と言う点から若干の問題が発生する可能性があります<ポモ-ジェ・ザホドニェ県 vis ザホドニョポモルスキェ県、ルブリン県 vis ルベルスキェ県>。スマートな読みにはなりませんが、やっぱり前者が妥当かと思います。
ポーランドの県名カナ表記 (梅田案 ―北から時計回り)
A案(形容詞形で統一) ヴァルミンスコ・マズルスキェ県 (マゾヴィェツキェ県)
| B案(歴史的な地名は主格を用いる) ヴァルミア・マズーリ県 (マゾヴィェツキェ県) |
■ 森田耕司氏(京都大学大学院/ポーランド科学アカデミー・スラブ学研究所)
ご連絡いただいたポーランド県名のカナ表記問題についてですが、そもそもポーランド語の概念をすべて一貫した方法で日本語表記しようとすること自体に疑問を感じます。ポーランドに長くいるとよく分かりますが、これはいかにも日本人的な発想だと思います。表記を誰かが統一したとしても、それぞれ個人の思い入れや考え方があるので必ずしも守られるわけではありません。また一方で、必ずしも一貫しないところが言葉の面白さだとも思います。表記法そのものを統一させるよりも、むしろ表記されるテキストの中で著者自身が表記法を定め、その中で統一できればそれでよいのではないかと思います。例えば、そのテキストがポーランドに詳しい専門家を対象とするものであれば、ポーランド語の原表記で十分なような気がしますし、ほとんどポーランドに関する知識のない人々を対象にしたテキストであれば、すぐにここだと分かる有名な都市名を残した形(「ルブリン県」など)で表記すれば分かりやすいと思います。また、日本人向けの観光ガイドブックなど、一般人向けのテキストに登場する機会のないマイナーな県名まで、正確なカナ表記を考える必要があるのかどうか、私にはわかりません。例えば、ポーランドでは有名な日本の地名のみポーランド語で表記しており(Tokio, Kioto, Jokohama, Nagoja, Hiroszima, Honsiu, Kiusiuなど)、他の地名は日本のローマ字表記を採用していることが多いようです(Shimane, Yamanashi, Wakayama, Tsukuba, Chiba, Fukushima, Shizuokaなど)。
■ 小森田秋夫氏(東京大学社会科学研究所)
田口さんの問題提起、拝見しました。たいへん的確に問題点の整理が行われていると思います。
私も、以前に何と表記すべきか考えたことがありますが、迷うことなく名詞化するという選択をしました。したがって、田口さんの試案も、私が考えたのとほとんど同じ、「シフェンティクシシ県」と、形容詞部分を男性主格に変えたところまで同じです。
「西ポモージェ県」は、日本語訳しないという方針を徹底させましたが、「西ポモージェ県」もありうると思います。かつて、「ベラルシア」を「白ロシア」と訳すことが多く、その結果、「白系ロシア」と時として混同されるということが起りましたが、この場合にはそのような思わぬ誤解を危険はなく、かえって分かりやすくなるとも言えます。ただ、思い切って日本語訳を一切しないという方針を徹底させるというのも、ひとつの選択だと思います。ちなみに、ロシアでは「プリモーリエ」地方だけ「沿海」地方と訳すことが一般的ですが、これは、慣用によるものでしょう。私もそうしていますが、これでよいかどうか、考える余地はあると思います。
私がひとつだけ困ったのは、「ポドカルパチェ」という名詞があるかどうか、わからなかったことです。田口さんもこの表記を採用されていますが、「ある」というご判断でしょうか。
なお、(「ポドレシェ」ではなく)「ポドラシェ」という歴史的地名は存在します。
最後に、「ヴァルミア・マゾフシェ県」だけは勘違いではないでしょうか。例えば「ヴァルミア・マズ(ー)リ県」と思いますが。
「慣用表現はどこまで許されるか?」という問いに対しては、私は認めるとしても最小限、という立場です。歴史的に国境の変動が多かった東欧地域では、複数の地名をもつ場合が少なくないと思いますが、とくにそのうち、ある時期に一般化(慣用化)した地名が現在の地名とは異なる場合、慣用だからと言って別の国だったときの地名(ないし、それから派生した地名)を用いるこは、歴史的無頓着ということになりかねません。例えば、ポズナンをポーゼンと言ったら、ドイツ人の目で見ていることになりますね。また、英語の表現を無頓着に借用することも、英語はあくまで一言語に過ぎないのに、そのことに無頓着な態度だと思います。そういう意味で、私は慣用にはあまり「寛容」になれません。
■ 吉岡潤氏(津田塾大学学芸学部国際関係学科)
興味深いメモをありがとうございました。私も、県名は名詞形に直して使います。ですから、概ねメモ中の表記例に賛成なのですが、一つ指摘させてもらいますと、podlaski の名詞形は「ポドレシェ」ではなく、Podlasie ポドラシェのはずです。
あと、細かいところでは、私は長音は使いません。ドルニィシロンスク、マウォポルスカ、オポレという風に。そのわりには、自分の論文を見直してみると、「ポモージェ」としていました。自分の中で統一されていません。
Łódź は、「ウッジ」と言ってもポーランド人に通じないので、使わないようにしています。「ウーチ」が一番近いと思うのですが、自分の論文では「ウッチ」にしています。
以上、たいして根拠のない、まったくの私の好みですが、ご参考まで。
■ 伊東孝之氏(早稲田大学政経学部)
とくに定見はありませんが、二、三気がついた点を記します。
(1) 県名については由来を詳しくは知らないのですが、Poznanskieという単語がしばしば出てきて、これはいったいどこから来たのだろうと考えたことがたびたびあります。たぶんWojewództwo Poznanskieから来て、形容詞が独立したのだろうと推測していたのですが、そうであれば、名詞の変化に応じるはずです。ところが、必ずしもそうとは言えない場合があるように思います。たとえば、w Poznanskiemという表現にぶつかったような気がするのですが、思い違いでしょうか。本来、w Województwie Poznanskimとならなきゃいけないのに、独立して使う場合はPoznanskieの部分が変化しなくなっている感じです。
(2) 私は田口提案のように、マゾフシェ県、ルブリン県というように本来の地名に戻して表記するのがよいと思います。それの方が分かりやすいからです。
(3) 私はけっきょく、①なるべく原語に近い、②受けとる側の言語で発音しやすく、識別しやすい、③慣用があればそれを尊重する、という方針が一番よいのではないかと思っています。これらの原則の間に矛盾がありますが、それはどこかで妥協させる以外にありません。
ドイツ人がシュレジエン、イギリス人がシレジアということに目くじらを立てる必要はないと思います。これらの言葉はけっきょくラテン語の地名に起因し(つまり歴史的に慣用となり)、かつそれぞれの言語で発音しやすいように変化しています。ポーランド人もマインツのことをモグーツィア、ミラノのことをメジオランというではないですか。
日本はポーランドと歴史的に接触したことがほとんどないので、こうした歴史的慣用が限られています。しばしば英語をそのまま使います。それも慣用化したのであればやむを得ないと思います。たとえば、チェコというのはおかしいですが、いまさらチェクとかチェヒとかいっても仕方がないと思います。リトアニアも同様です。
(4) górny, dolnyは以前、宮島直機氏が高地、低地というのはどうだろうと提案したことがあります。これは名案だと思っています。東西南北の接頭辞も翻訳した方が親切だと思います。ドイツ語、英語でもそうしています。しかし、山麓、大小はそのままの方がよいのではないでしょうか。
ちなみにモンゴル語では色によって東西南北を表現する習慣があって、ベラルーシは本来「西ロシア」という意味だということを読んだことがあります。このほかに「赤ロシア」、「黒ロシア」もあったそうですが、残ったのは「白ロシア」だけでした。幸い、ポーランド語にはモンゴル式表現の影響が残らなかったようですね(笑)。
(5) Łódźはウッチと表記することにしています。
(6) 長母音と短母音の区別は難しいですね。ポーランド語には原則として区別がないことになっていますが、日本人の耳には長母音に聞こえるのがあります。ポモジェかポモージェか。私はそのときの勢いで翻字表記してしまいますので、統一がとれていません。ポモージェとすることが多いようです。
■ 衣川忠順氏(兵庫県朝来郡和田山町立大蔵小学校)
私は日本人学校に3年間勤めた経験しかありませんので、詳しく述べることができません。あくまで素人考えとしてお読みくだされば幸いです。
もともと外国語を日本語としてカタカナ表記することは難しいと思ってきました。むしろ、個人の「好みの世界」といっていいかもしれません。簡単にカタカナ表記すればいいものを、わざと難しく表記して悦に入っていた頃もありました。その方が原語に近いと思っていたのです。当然、その頃はポーランド語は全く知りませんでしたので、対象になっていたのは英語でしたが・・・。
ポーランドでの3年間で気づいたことは、地名などをドイツ語読みやロシア語読みにせず、ポーランド語読みで表す方が人々の好感を得られたということです。私の中で最たるものは「アウシュヴィッツ」です。訪れると時も「アウシュヴィッツはどこですか。」と言わずに「オシヴィェンチムはどこですか。」と尋ねました。それは「アウシュヴィッツ」はドイツがつくったもの、「オシヴィェンチム」はもともとそこにあったものというイメージがあったからです(この辺はかなりいい加減です・・・)。
しかし、「オシヴィェンチム」という表記が正しいのかどうか、未だにわからないでいます。これは私の「表記」の仕方なのです。でも、できるかぎりポーランド語を大切にしようとしたつもりです。道端の表示からそのように読みました。
すべてのポーランド語をカタカナで表すことはできないと思います。とても難しい問題だと思います。基本的には、その人その人で表記を考えればいいと思うのですが、田口先生のように大勢に影響力を持たれている方(辞典の著者や編者なども)は、私のような素人とは比べものにならないくらい敏感に「表記」のことをお考えになると思います。そして、結局、私たちはそれを頼りに「表記」しようとするのです。
議論は尽きないかもしれませんが、ポーランドを愛するゆえの議論だと思います。どうか、多くの方々の意見をまとめていただき、私たちに提示してください。よろししくお願いします。
■ 白木太一氏(東洋大学・杏林大学講師)
ほとんどの点でご指摘の表記基準に賛成です。細かい部分で幾つか気付いた所があるので、以下に記します。
(1) Łódźのdźは語尾にありますから、無声子音「チ」になるはずです。また、łとóは子音と母音の「ウ」の連続ですから、「ウー」と伸ばすのが相応しい気がします。より正確な発音を期するのならば、「ウーチ」とすべきではないでしょうか。
(2) podkarpackieはpodが後ろの無声子音kにつられて「ポト」と無声化するのではないでしょうか。「ポトカルパチェ」、とすべきではないでしょうか。
(3) małopolskaやwielkopolskaをそのまま表記する、というご趣旨には賛成です。その要領で行くのならば、「シフィエンティクシシ」ではなく、「シフィエントクシシ」で構わないのではないでしょうか。
■ 抜井宏樹氏(ポーランド時事問題専門家)
以下に私なりの意見をまとまてみました。主に実体験に基づいた見解のため、多少偏った見方であるかもしれませんが、同議論の参考にしていただければ幸いです。
(1) ポーランドの県名は文法的に固有名詞扱いか?: 県名は普通に考えて固有名詞ですが、ポーランド語の表記方法では同種の名詞に特有なイニシャルの大文字は用いられていません。例えば、「województwo lubelskie」と記すのが一般的で、なぜか「Województwo Lubelskie」方式は用いられていません。
(2) 微妙な印象の違い: 地方のことが話題となるとき、日常会話ではマズーリ、ポモジェ、シロンスク、といったように、伝統的名称を用いることが一般的です。一方で、わざわざ「・・・県は」という表現が用いられるのは、行政区分上の県同士を比較する場合や、公式な話題に触れる際などです。いってみれば、前者は庶民的で、長年慣れ親しまれた名称であるのに対し、後者は役所的で固い表現といえるのではないでしょうか。後者の方式があまり市民の意識にあまり浸透していない理由として、行政区分の変更があげられると思います。1999年の改革では県から郡に降格になった有名都市も多く、県の数も大幅に減少しています。ある程度限定された地域を日常会話で言及するときは、有名な都市名をあげてその近辺や周辺といえばすむので、正式な郡の名を知らなくても困ることはないようです。
(3) 役所では当然正式名称のみ: これは実際に経験したことです。役所で書類作成をしたとき、住所欄の「województwo(県)」のところに「Lublin」と記入して訂正させられたことがあります。日本人にとっては、「Lublin」県であろうが、「lubelskie」県であろうがたいした違いはないように思いますが、現地の人、特に役人(当然のことですが)にとっては、これは厳然たる違いなのです。端的にいってしまえば、正式には「ルブリン」県は存在せず、あくまで「ルベルスキエ」県なのです(Lublinは都市名!)。ポーランドで暮らしはじめて間もない頃、ただ漠然とリブリンがあるからルブリン県と覚えていたことから生じたミスです。
(4) 混乱を避けるには?: 伝統的地方名と正式県名は別個に扱うことを提案をしたいと思います。両者は、地方・都市名とその形容詞形という関係にありますが、実際の使われ方や場面が異なります。県名として「名詞形」を代用してしまうと、公式の場で理解が困難となる可能性があります。地方名の時にはマゾフシェで、県名になるとマゾヴィエツキエという変化は聞きなれないうちは厄介かもしれませんが、長期的には不必要な混乱やミスを避ける最良の方法だと思います。
(5) 適切な表記統一を早く行うことの必要性: 日ポ両国関係の発展には、今後かなり現実的な期待ができそうなのは本当にうれしいことです。しかし一方で、相互理解はこれからようやくはじまる段階であると思います。この意味で、不要な混乱やミスなどを避けるために、地名、人名などのかな表記はできるだけ統一されていた方が良いと思います。我国では「ワレサ」大統領という言い方が一般的に用いられています。しかし、これが英語に由来する読み方であり、ただ「ワレサ」といったっだけではポーランド人にはまず通じないと知っている人は少ないと思います(実際私もポーランドに来る以前は、当然「ワレサ」大統領で通じると思い込み、疑うことすらしませんでした。もちろんポーランド人との実際の会話では誰のことを指すのかなかなか理解してもらえませんでした)。今後、こういった意思の疎通を困難にするような表記方法が慣用表記として普及する以前に、原文読みにできるだけ忠実な表記方法を決める(地名・人名に限る。団体、組織名などは別の考慮が必要かと思われます)と良いと思います。こういった困難が大統領一人に該当するのなら問題もさほど大きくはありません。しかし、話が県名・地名となると企業などの実利益にも絡んできます。「mazowieckie」県という正式名称を日本語では便宜的にマゾフシェ県と表記することを多くの人が知っていれば、「名詞形」を用いても一向に差し支えはないでしょう。ただ、今後ポーランドに対する関心が高まり地名が一人歩きをし、予備知識を持たない多くの人が「マゾフシェ」県として覚え込んでしまい、いざ現地では話が通じないという場面が多く発生するとしたら 問題は少々深刻です。あるいは、現地の地図を見ても「マゾフシェ」県らしきもが見つからなくて困るというケースも考えられます。もちろん、「mazowieckie」が「マゾヴィエツキエ」に該当するとわかるには、ポーランド語の知識が多少必要かもしれません。しかし、「マゾフシェ」県を現地の地図で探すよりは、発見できる可能性がかなり高いのではないでしょうか。
■解良澄雄(西武台千葉高校/ポーランド現代史)
田口先生の問題提起に対して、いくつか論点となる問題をまとめさせていただきました。ご笑覧いただければ幸いです。
論点1 何に基づく表記なのか(綴りか発音か)
マルゴルザタ問題に関して、小森田先生は「固有名詞の表記は、『原則として、原音になるべく近いように表記することが望ましい』という立場に立って考える」とお書きになっていますが、私も同意見です。田口先生も基本的には同じ立場かと思いますが、「ウッジ」の「ジ」、「ポドカルパチェ」の「ド」など原音では濁らない音を濁らせている点で部分的には綴りにも依拠する折衷案のように思えます。私はこの点に関しては折衷案を排して最大限に原音に近づけるべきだと考えます。ここで「最大限に」というのは何も「複雑で手の込んだ表記法を採用すべきだ」ということではありません(その問題は別に論点2で触れます)。「ジ」より「チ」、「ド」より「ト」が原音に近いということがはっきりしているならそちらを採用すべきということです。ですからPodkarpacieは「ポトカルパチェ」の方がいいでしょう。Łódźの表記については、実際にカナ表記の音をポーランド人に聞かせてどれが原音に近く聞こえるかということを調べればいいのではないでしょうか。具体的に言えば、ポーランド語の発音の予備知識を全く持たない日本人に「ウーチ」、「ウッチ」、「ウッジ」というカナを読んでもらって、ポーランド人にどの音が原音に近いか判断してもらう。何人ものポーランド人にそれをやってもらって、一定数の統計がとれれば自ずと答えは出てくるのではないでしょうか(なお、日本人の中にも偏差はありうるので、発音をしてもらう日本人も複数のほうがいいかもしれません)。
論点2 カナ表記が困難な音をどうするか
ポーランド語には、どう苦労しても所詮日本語表記は無理な音がいくつもあります。それらの音については、どの表記法もにも一長一短があり、どの長所を重視するか、そしてどの短所に目をつぶるかということによりそれぞれの人が採用する表記法が異なってきます。結局のところどれを採用するかは使う人の好みの問題ともいえます。(以下にそのような音の例をいくつか挙げます)
例1)Szは「シュ」か「シ」か。
例2)nyは「ヌィ」か「ニィ」か「ニ」か。ポーランド語の発音の知識がある人にとっては「ヌィ」が一番原音に近いといえるかもしれません。しかし一般的な日本語にない表記法のため、ポーランド語の知識が無い人はどう発音していいか困惑してしまうか、または「ヌ・イ」という二音で発音してかえって原音から離れてしまう可能性が高いという問題があります。「ニィ」は「ヌィ」に比べれば原音から離れますが、それでもnyとniの区別ができますし、日本語表記として「ヌィ」に比べれば違和感も少ないといえます(ただそれでも本来の日本語表記では無いので、「ニイ」や「ニー」と区別した発音ができるかという問題点もありますが)。「ニ」は最初から原音を正確に表記することを放棄して近似的な発音でよしとする(その結果nyとniの区別もなくなる)点が問題ですが、簡潔で明快な表記であることは確かです。
例3)święは「シフィェン」か「シフィエン」か「シフェン」か。原音の正確な表記という点では「シフィェン」が優れているといえます。ただ、この表記法が本来の日本語表記法に無いことも確かで、ポーランド語の知識が無い人が読む場合や活字化する場合、「シフィエン」となる確率が高いという問題点があります。「シフィエン」は日本語の表記法の範囲内という点で次善の案と言えますが、問題点は「シフィ・エン」と二音で発音されてしまい、原音とかなり響きが異なってしまうことです。一方「シフェン」は日本語の表記法の範囲内でありながら二音にならないという点がメリットですが、母音iを無視するという問題点があります。
これらについて、どの表記法が望ましいということを示すことは困難でしょうが、一貫性は必要かと思います。その点では、語末のżとszは同音ですから、もし「シフェンティクシシ」とするのなら、「ルブシ」でしょうし、もし「ルブシュ」をとるのなら「シフェンティクシシュ」となるのではないでしょうか。さらに原則にこだわるなら、święとwieの表記は同様に行われるべきということになり、「ヴィエルコポルスカ」とするなら「シフィエンティクシシ」、一方「シフェンティクシシ」とするなら「ヴェルコポルスカ」となるように思えます(もっとも「ヴェルコポルスカ」というのは非常に違和感がありますが)。
論点3 長音の問題
ポーランド語をカタカナ表記した場合、日本人がそのまま読んで原音に近いアクセントになるものがある一方で、そのままでは平板な無アクセントになる、またはアクセントが原語と別な音に来てしまい、原音の響きとかなり異なってしまうものもあります。後者の場合、長音を入れることによりポーランド語のアクセントに近く発音できる場合があることは確かです(ポモージェ、オポーレなど)。しかしその一方でポーランド語には長音は無いといわれます。ですから、長音を使うべきか使わないべきか、私自身迷っていて明確な立場を表明できません。これも結局は使う人の好みの問題といえるでしょう。ただいずれの場合でも一貫性が求められるのではないかと思われます。その点では、ポモージェ、オポーレとするなら、クヤーヴィ、ポトカルパーチェ、ポドラーシェとなるのではないでしょうか。そうでなければ一切長音は使わないほうがいいのではないでしょうか。
論点4 形容詞の名詞化の問題
これについては賛否両論があるようですが、それはつまるところ「何のために我々が一定の共通のカナ表記を探っているのか」という問題と関係していると思われます。一つの考え方は「日本において日本人に向けてポーランド問題を伝えるため」であり、もう一つの考えは「ポーランド人と接触する日本人のコミュニケーションを容易にするため」というものです。私見ではこの二つの目的は全く別なものなので、一つのカナ表記でもって両方の目的を達成しようとは考えないほうがいいと思われます。後者の目的を重視する方が「形容詞の名詞化は商談等で誤解を生む」という危惧を持たれるのは理解できますが、後者の目的によって前者(日本人向けの表現)を考えていくことにも逆の危惧を抱かざるを得ません。前者において問題となるのは、日本語の文章中でいかにポーランドの地名を表すかということであり、それはポーランド人の思考を日本語で表す(対応物を日本語の中に探す)翻訳作業と共通の性格を持つものであると思われます。卑近な例を挙げましょう。ポーランドでmandarynkaと呼ばれる果物があります。南欧から輸入されるその果物は厳密に同一かどうかはわかりませんが、日本の「みかん」のことです。ここで日本語表記の問題を考えると、一般の日本人向けの日本語文で必要なことは、「マンダリンカ」と書くことではなく、日本語の対応物「みかん」という言葉をあてることです。一方、ポーランドで生活する日本人にとって必要なのは「みかん=マンダリンカ」という情報です。同様に、日本語文中のポーランドの県名の日本名は「ルベルスキェ県」ではなく、「ルブリン県」のように名詞化する、一方ポーランドで商談にあたる人々には「ルブリン県=ヴォイェヴツトフォ・ルベルスキェ(ルベルスキェ県)」というように日本名とポーランド名をつなぐ情報が確実に届くように配慮する、このように解決していくしかないと思われます。
このように、日本語文中のポーランドの固有名詞は一種の翻訳であるという観点から、私は形容詞の名詞化に賛成です。ただ、田口先生の場合、形容詞形の語源をさかのぼって一番の原点となる名詞を採用するわけですが、採用する名詞とその地域との結びつきという問題を考える必要は無いでしょうか。例えばMazowsze, Śląsk, Podkarpacieなどは地域名そのものですからそれを採用することは全く問題がないでしょう。一方LublinやŁódźは地域名ではなく都市名ですが、ポーランド人がwoj. lubelskie, woj. łódzkieという言葉を聞いたときにそれぞれ「Lublin市を中心とする地方」、「Łódź市を中心とする地方」をイメージすることはほぼ間違いないですから、これらの都市名を採用するのも問題はないかと思います。問題はwoj. świętokrzyskieとwoj. lubuskieです。前者についてポーランド人は何をイメージするのでしょう。考えられるのは(1) Święty Krzyż山周辺の地方、(2) Góry Świętokrzyskieをはじめとしてświętokrzyskiという形容詞と結びついた地域、(3) 県庁所在地Kielceを中心とした地域、すなわちKielecczyzna、といったところでしょうか。ここでもし(1)が多数ならば「シフェンティクシシ県」が妥当でしょうが、(2)や(3)が多数ならばどうでしょうか。さらに問題なのはLubuszです。woj. lubuskieの名を聞いたとき、数百年来ポーランド領から離れているLubusz(すなわちドイツの都市Lebus)を思い浮かべるポーランド人はどのくらいいるのでしょうか。現代のポーランド人にとってlubuskiという形容詞は名詞形を持たない言葉となりつつあるということはないでしょうか。それともこの点でのポーランドの学校教育は徹底していて、lubuski-Lubuszの関係は現代のポーランド人にとっても当然なのでしょうか。実際ポーランド人に聞いてみたいところです。